起承ー天ー結


自分でもそれがいつからかははっきりとしないが気づいたら東雲しおりのヲタクとしてワンダーウィード天の現場に通うようになっていた。

 

当初は別に通っている現場もあったし、天ならこの子かなくらいの感覚で“推しメン”みたいな感覚もなかった。

 

ただ、生誕祭のときに推しメンの生誕祭にプレゼントひとつ持っていかないのもなと思って何か買っていったと思うので少なくともそれくらいのときには推しメンという感覚はあった。

 

1年経ってしおりちゃんともたくさん会ったねと話したし、名古屋のヲタクにしてはよく会えてたほうだと思う。

 

徐々についてくれるファンも増えてきたので今でこそ会ってる頻度が高い方ではないが、最初の方は1番会ってたんじゃないかと思う。

 

花いろはとはちがいワンダーウィード天はワンダーウィードの後を継ぐ形でスタートしたので、完全なゼロから始まった花いろはほどこの1年でどれだけ成長できたかが明確にはわからない部分もある。現メンバーをしらなくてもグループは知っている、曲は知っている人も多いだろう。

 

この1年どれだけ成長できたか、あるいはどれだけ前体制のワンダーウィードに近づけたか

 

1周年ライブを見て天なりの成長は個人的には感じられた。

 

前体制と比べることがそもそもあってるのかも分からないが、“ワンダーウィード”の名前が付いている以上、そこは比較される使命でもあると思う。

 

逆に今のメンバーでもワンダーウィードという名前と楽曲がなかったら、おそらく自分は彼女たちには会ってなかっただろうし、東雲しおりのヲタクにもなってなかったと思う。

 

しおりちゃんには申し訳ないくらい花いろはの話をする。天の楽曲の話よりも花の楽曲の話をした回数のほうが多いんじゃないかともおもう。

 

もし、しおりちゃんが花いろはだったらおそらく自分はちひろ推しのなかよしさん程度の関係だったと思うし

 

前体制の延長線上で、ある日、しおりちゃんが加入してても東雲しおり推しになってたかは分からない。

 

なんとなく、ワンダーウィード天として新しい状態でスタートしたからこそ、一度は現場を離れていた自分も東雲しおりのヲタクとしてスタートできたと思う。

 

タイミングと境遇ってほんと大事だと思う。お披露目が3月だったら、どうだっただろうか。もしかしたら行ってなかったかもしれない。

 

結果論だが、昨年の8月にお披露目されて、9月たまたままた会う機会がなければ今はなかっただろう。

 

CoverGirlsの私がライブに行く理由という楽曲の歌詞に「偶然の出会いから、少しずつ生まれた理由」というのがあるがまさにそれだと思う。

 

今回の1周年ライブを通して、改めてワンダーウィード天のヲタクとして、東雲しおりのヲタクとして1年現場に通えてよかったなと思えた。

 

ワンダーウィードとワンダーウィード天で1番違うところは完成されたものをみているかまたまだ発展途上のものを見ているかだと思う。それこそ未完成なものだと思う。

 

滝沢あきなや佐倉ちひろがいたころのような風格も今はまだないし、年齢的にも若返っている。カッコカワイイがコンセプトだがまだ若さ故のカワイイ要素のほうが強い。

 

そんな天のメンバーが1周年ライブで魅せてくれた魂のこもった迫真の熱いライブは忖度なしにこころを打たれた。

 

後半のパラレル、逢いたい、欲張り、だから、ゲッチャンは圧巻だった。メンバーのソロパートの力のこもった歌声からもいつも以上に気持ちを感じた。

 

特に白川ゆめかの落ちサビひとつひとつがすごかった。気持ちが入ってるのがひしひしと伝わってきた。昔から歌は上手だったとは思うが、うまさ以上に気持ちの込め方が他のアイドルにはないすごさがある。というか天になってからそれを感じるようになった。

 

しおりちゃんの欲張りの落ちサビもまた良かった。1年前に欲張りをやったときに、この子が欲張りの落ちサビを歌うのかと思ったし、それくらい欲張り落ちサビってワンウィのライブの中でも重要なポジションだと思う。地に足をつけて全身から声を出して気持ちで歌っていたのを覚えている。

 

あれから1年経って、この1年の思いや、このライブにかける思いが存分に込められていて心打たれる落ちサビだったと思う。

 

しおりちゃん自身、あの瞬間、気持ちが入りすぎていてどれだけフロアが見えていたかわからないが、1年前に比べてあの瞬間にフロアに浮かんだグリーンのサイリウムも増えたと思うし、自分の周りにもたくさんそれが見えたのが嬉しかった。あの瞬間はしおりちゃんがこの1年で作り上げた空間だと自信をもっていいと思う。

 

今回の1周年ライブに、りおなちゃんが残念ながらケガで出られなかったこともあり、フォーメーションが1年前と同じだった。

 

もちろん、6人でのライブが見れる日が1日でもはやくくることを願っているが、正直、欲張りの落ちサビだけはセンターにいて欲しいと思った。と言ってもこれはこちらのエゴなのでどこの立ち位置でもしっかり見てあげたいと思う。ただ今回はセンターで見られたことが少し感慨深く感じた。

 

ワンダーウィードは良い曲が多くあるが、1曲単発で勝負するというよりはセトリやライブ構成で生きてくる楽曲だと思う。

 

この1年で天のライブが楽しかった・熱かったと感じたのは年末のワンマンや、5月のワンマン、そして今回だ。当然、単独や曲数を多くやれば楽しいのは当然だが、若干、日頃の20分、25分枠の対バンではその良さを出しきれてないのかなと思う一面もある。

 

年末のワンマンのノンストップ7曲や、今回のように終盤にたたみかけるようなライブをいかに20分で出せるかが、それに近いものを見せられるかなのかなと思う。

 

個人的に昔から思ってるのはMCは挟まない方が短い時間でより熱くなれる気はする。2曲、MC、2曲だとなんとなく最終到達点が2曲の熱量になってしまうのかなと思う。自分は曲が終わって次の曲が始まるまでの数秒さえももったいないなと思うことはある。

 

フォーメーションをみて次が何の曲かを考えされる暇を与えずに次の曲のイントロを入れた方が瞬間的に盛り上がる気がする。

 

具体的にグループ名あげるならアンビスのような魅せ方をしたときにどうなるのかは興味がある。実験的に定期公演で天企画としてやっみてほしいとか思ったり思わなかったり。

 

 

天のライブ楽しいのは楽しいが何がどう楽しかったかってのがぱっと出てこないときがある。漠然としてしまう。あとは花いろはのライブ後に楽しかった旨のツイートはしがちなのでちゃんと天のライブの感想も言おうとするが率直な感想が出てこないことがある。

 

そう言った意味では今回のライブは終わった後に心の底から楽しかった、熱かったという言葉が出てきたし、メンバーの気迫も十分伝わってきた心動かされた。こういうライブを求めたたんだろうなと思ったし、この1年、天を応援してきて良かったなと思えた。

 

グループとして良いものはもってると確信できたライブだったし、これからどこが強みで、どこが弱みなのか客観的に見て、良いライブを作っていってほしいなと思う。

 

 

ワンダーウィードから継“承”された1年から

これからは“天”らしさを追求していって欲しい。

 

 

個人的にはまだ未完成な彼女たちが完成された状態を見たいのではなく、完成されていくまでのプロセスが見たい。

 

努力を見せることをが美しいかどうかは分からないがそこは見せていくべきだと思う。むしろまだまだ努力して頑張ってる姿勢を見せていかないといけないのではないかと思う。

 

この3日間、動員するために頑張っていたし、ひとりひとりの強い思いも感じたが、やっぱり口にするだけではそのとき限りだったり、結果は付いてこないと思う。

 

まだまだ頑張れるポイントはたくさんあると思うので、それを人に言われてやるのではなく、自ら、自分たちで気づいてやっていって欲しい。

 

しおりちゃんはそういうところに気付けるタイプの子だと思うし、まだ若い他のメンバーたちにどんどんたくさんのことを気づかせてあげて欲しい。リーダーとして何かを期待するならそういうところだと個人的には思う。

 

仲が良いからこそ、足並みを揃えるのではなく、競い合って成長していって欲しい。

 


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この花いろはとワンダーウィード天の1周年ワンマン、ほんとに楽しかったし最高の2時間だった。

 

自分はどっちも好きだし、どっちも楽しい

 

ずっと一緒に見てきたヲタクがいなかったことが少し寂しかったが、それでも自分の居場所はここだなと強く思えた1日だった。

 

 

ライブが終わった後に急にいろいろな感情がこみ上げてきたし、自分が思っていた以上にいい1日になった。そしていい1年だったと思えた。

 

こらからも、何事も当たり前になることなく、日々楽しいを更新していけたらと思う。

 


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夢は汗の中に少しずつ咲いていくー花ー

ノリで花いろはとワンダーウィード天のお披露目ライブに申込み、当選してしまってから1年が経った。1年前、O-EASTにいた自分がまさか1年後にまた満を持してここに来ているとは思ってもみなかった。

 

当時は抽選で落選も出ていて、自分なんかが行くのが申し訳ないぐらいの気持ちだったし、できるならほかの人に譲りたかった。ただ結果的にあの日、EASTに来ていなければ今年もここには来ていなかったと思う。

 

今になって思うのが2020年の8月15日の花いろはとワンダーウィード天の「初日」に立ち会えたことがすべてだったと思う。

 

 

なんだかんだでタイミングとめぐり合わせが良かった。お披露目で見て以来、次にライブを見る機会があったのは9月の渋谷エクストリームホールのライブである。とは言え花と天を見に行ったかと言われればカバガの事実上 現体制終了ライブを見に行ったののついでではあった。

 

あの日、初めてメンバーと対面式の特典会に参加した。

 

自粛期間中にちひろとはzoomで1回、お披露目後のWithLIVEで1回は話していたが実際に会うのは六本木シアターぶりだった。

 

お披露目の後にも感想をブログに書いたのだが、ちひろ本人から読んだ旨を伝えられた。正直、元々ちひろ推しだったとは言え、疎遠になっていた期間も1年ぐらいあったので読んでもらえてるとは思ってもなかった。なので読んでくれていたこととそれを伝えてくれたことがすごく嬉しかった。

 

あとはまたこうしてライブに来てくれることが嬉しい、細々でもいつまでも長く会いに来て欲しいと言われた。

 

割と自分は全力投球はするが長続きしないタイプなのでなんとなくその言葉がありがたかった。

 

今でも自分はチェキはそんなにたくさんは撮らないし、ライブもタイミングが合えば見ている程度である。今でこそ花と天を一緒に見れる機会のほうが多いが平日の天の定期公演や土日のスケージュールも天に合わせているところからすると、そこまで花やちひろに貢献はできていないとは思う。

 

でも正直わかってるのが頑張ってライブに行って頑張ってチェキ撮ってみたいなことをしてるとなんでもないことがマイナスに感じたり見返りを求めたりでつまらなくなることが出てくる。昔ワンウィでちひろのヲタクしてたときは正直それがあってだんだん現場から離れていったところがあった。

 

これが正解かはわからないが今はちひろと今までで1番いい関係が築けていると思う。本人も無理せず自然と楽しいという気持ちで来てくれてるのがいいと言ってくれる。

 

思い返せばこの1年、花いろはのライブがつまらなかったことがなかったし、ちひろに対してもネガティブな感情を持つことは一切なかった。常にプラスだった。

 

あとは周りの誰よりも花いろはのライブを楽しんでいた自信はある。自分が振りコピのヲタクじゃなければたぶんここまで花いろはのライブに魅力を感じてなかったかもしれない。自分の振りコピの完成度に比例して花いろはのライブが楽しくなっていったのも事実である。

 

1周年を迎えたライブでもそれを強く感じた。

 

1年前は曲も振りも誰も何も知らないゼロからのスタートだったが、1年でたくさんの人が花いろはのライブを楽しむようになった。1周年ライブで生まれた楽しいが花いろはのこの1年の成長そのものである。恋アカや究極LOVEのクラップが統一され一体感がありすごく気持ちよかった。恋のDIVAのアウトロ前にフライングで拍手してしまう人もいなかった(笑) なんでもないひとつひとつが成長だったと思う。

 

1周年のライブ、花いろはのライブの中で1番楽しかった。1年間の集大成を見せに来ているなと言う感じがあったし、MC中に水を飲み干しているちひろからもそれが伝わってきた。

 

ライブ中の息を切らしながらの必死さと良い意味で崩れた笑顔からもそれが伺えた。

 

全力をぶつけて来たときの行き着く先がワンダーウィードとはまたベクトルが違うのも感じた。前出番の天のライブもめちゃくちゃ良くて最後は熱量とかっこよさに圧倒されたが、花は楽しさとアイドルらしい輝かしさに満ちあふれていた。

 

コンセプトの違うグループとして双方の良さが感じられて、二卵性双生児としてちゃんと行き着く先に向かってるなと感じた。

 

これは完全な自己満だがライブ中、振りコピをしながらこの1年でこれだけ踊れるようになってる自分も成長したなと感じた。

 

あとから気づいたことではあるがライブがすごく楽しかったと感じた理由がもう一つある。セトリがこの1年を遡るように組まれていた。最初2曲は4月から連続で発表された新しい曲であったが残りは発表された順を遡るように組まれていた。最後4曲はお披露目時のセトリだった。この1年で持ち曲9曲時代の花いろはを見ていた時間が1番長かった気がするし「安定した」楽しさがあったかなと思う。

 

ただここから花の課題も感じるところはある。自分は新曲が隔週で増えていったときに曲は良いのは分かるけど、なかなかついていけなくて一時期いつも程楽しめなくはなっていた。自分はちひろという存在がいたし、振りコピを習得することがモチベーションでもあるからそれでもライブを見る意欲はあった。

 

ただ、自分の周りにいたフラットに花いろはを楽しんでいる人たちがあのあたりから関心が少しうすれていっていたようにも感じた。

 

新曲が連続リリースされるまでの楽曲はだいぶ浸透してきてたくさんの人が楽しめるようになっていると思うが、ね?以降の新曲の良さをもっとたくさんのひとに知ってもらうことが必要でもあると思う。

 

ね?以降の新曲全部めちゃくちゃいいので時間の問題だとは思うが、まだ花いろはに通ってる人なかで止まってしまってないかなとは少し思う。

 

最近は俺達のシュプレヒコールを差し置いてLOVEバケーションや夏恋バケーションが売り出されているし、ちゃくちゃくとその良さも周知されていると思う。

 

自分も新曲が分かるようになってようやく今の花いろはを全力で楽しめるようになった。今となっては前よりも格段に楽しくなってるし、最近サボり気味だった踊ってみたもやりたくなってきている。

 

これから新木場のワンマンに向けてあと1ヶ月頑張って欲しい。とても楽しみにしている。

 

今までジュリアハウスはステージが大きくても通常のバミリどおりステージをつかうので正直大きいステージだと逆にこじんまりとして物足りないと感じることはあったが、EASTでライブをみてステージを広く使えていてすごく良かったと思う。正直、新木場でやるとなってもそこがな…と思っていたところもあったので新木場の大きいステージで存分に素敵なライブを魅せて欲しい。

 

 

こういうご時世で解散するグループ、辞めていくアイドルが多い中、佐倉ちひろは常に「これからだ」と口にしているところがいい。今のちひろを見て卒業ライブをしている姿がまったく思い浮かばない。いつかはその日が来るとは思うが一生アイドルしているんじゃないかと思う。

 

それくらい今のちひろにとってアイドルが生きがいなんだと思う。ワンウィとのコンセプトの違いもあるだろうがすごく明るくなったしちひろらしい笑顔が見れるようになった。

 

バルタン星人リリイベ期間中に連日のイベント、ライブや虹ひことの兼任などで多忙を極めていたと思うが、気力を失った顔でマネージャーに手を引かれながら会場入りしているのを見たことがある。

 

今、いつ見ても楽しそうだし、忙しいこともまた幸せに感じてアイドルやってるように見える。お前に何が分かるんだと思うかもしれないが、長い自粛機関や、療養期間を通してちひろがすごく変わったようにも見えた。

 

そういうところもあって、今は自分は改めて佐倉ちひろというアイドルに魅力を感じているところはある。

 

本人はワンダーウィードとして積み上げたものを1回リセットして新たにスタートさせて、ゼロからスタートさせるのは勇気のいることだったと思うが今の花いろはやちひろの物販の待機列を見るとその選択が間違いではなかったと言えると思う。

 

自分も花いろはの佐倉ちひろに改めて出会えてよかったと思う。

 

たくさんいる佐倉ちひろのファンの中で自分は自分らしくちひろのことこれからも応援していきたいと思うし、今回の1周年ライブを通してより強くそう思った。

 



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ピントが合わないよ

 

私が以前に通っていたパピマシェというグループのロコモーションという楽曲に

 

「ピントが合わないよ 大人びてる君が愛しくて」

 

というフレーズがある。一番好きな曲の一番好きなフレーズだ。

 

近代麻雀水着祭という撮影会イベントに参加した。ファインダーを覗きながらふとこの歌詞が頭に浮かんできた。ただこの撮影会のために意を決して購入したミラーレスカメラに搭載されている

 

“瞳AutoFocus機能”

 

被写体の瞳を常に認識し、1回たりともピントが合わないことがなかった。

 

 

先週末、埼玉県の川越で開催された近代麻雀水着祭2021に行ってきた。


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5月連休明けたあとくらいに、このイベントに東雲しおりちゃんが参加することが発表された。発表されたときの率直な思いとしては「まじか、、、」と言ったもので嬉しいとか楽しみとかそういうのはすぐに出てこなかった。

 

当然ながら本人がこれに参加しようと決意した理由は十分理解はしていた。SNSのフォロワーを増やすためにLINE LIVEを毎日、日によっては2回配信したり、TikTokも1日に2本投稿したりと頑張っているのは知っている。

 

少しでもこれでフォロワーが増えれば、東雲しおりを知ってくれる人が増えれば、天を知ってくれる人が増えればという気持ちはしっかりと伝わっていた。

 

でも一瞬躊躇ったくらいで嫌だとかやらないでほしかったとかそういうのは全くなかった。

 

すぐに通しチケット買ってたし、どのカメラ買おうかうきうきしてたし、自分でも意外に思うくらいには“楽しみ”になっていた。

 

しおりちゃん本人からも「(水着とか)絶対いやがると思ってた」と言われた。笑

 

自分が昔推してた子が卒業したときに書いたブログに水着についてすこしネガティブな内容を書いていたのを知っているからだろう。

(水着が嫌とは一言も書いてはない)

 

決して否定的ではなかったが肯定的でもなかった自分が、一切ネガティブな感情を持つことなくこのイベントに行こうという気持ちになれた。

 

普段からしおりちゃんのスタイルの良さは衣装や私服でも分かるし、水着姿を見たいかと見たくないかと問われれば見たいとなるのが普通だろう。

 

自分はライブのヲタクだから、水着の撮影会は興味ないと言って、行かないという選択したときに、終わってみて反響や好評があるなか「行かなかった」という事実が余計嫌になることもなんとなく想像できる。

 

それなら誰よりも可愛い写真を撮って、自分にしか撮れないような写真を撮るんだという気持ちのほうが強かった。

 

いろいろ書いたけど、前提として東雲しおり個人としてのイベントに行かないという選択はそもそもないわけで、気持ちの整理の話である。全然抵抗とかなく、使命感とかでもなく、純粋に行きたいという気持ちで行けたという話である。

 

 

撮影会に参加するにあたってミラーレスカメラを購入した。まあまあ値段はした。いざ買ってからこんなに意気込んで高い買い物して期待値上げてしまって逆に物足りなかったとか思ってしまわないか心配になってきた。もともと持っていたカメラで気軽に参加したほうがよかったかなとか思い始めた。

 

さすがにいいレンズはこのためだけに買うには気が引けたので買えば20万くらいするものをレンタルした。ボディよりも重量があって、壊したときのこととか考えると正直使うのが怖くなった。

 

 

迎えた当日は夏日と言っていいくらいの晴天だった。日差しも強く野外で撮影会するには申し分のない天気だった。

 

しおりちゃんはBグループだったのでAグループのあとを追う形で開始した。自分もぶっつけ本番での撮影だったのでAグループで何枚か写真を試しどりしながら待っていた。

 

Bグループのメンバーが控室から歩いてきてその中にしおりちゃんもいた。いつもより強めに巻かれた髪に黒の水着だった。想像をはるかに超えるくらいのスタイルの良さに驚いた。あの瞬間だけで行ったかいあったといっても過言ではなかったと思う。

 

撮影会という雰囲気もわからずとりあえずシャッターを切っていた。しおりちゃん自身も自然と笑顔が増えていき

 

「何したらいいか分からない」

 

といいながらもいろいろとポーズをとり視線を配りすぐにいい雰囲気になっていた。

 

場所移動もしつつ、自然とコミニュケーションとかも取れる余裕も出来てきて、ただ写真を撮るだけじゃなくて楽しめるようになってきた。

 

1部の撮影の途中で正直カメラの元をとったくらいだった。むしろ買ってなかったら絶対後悔していたと思う。

 

あとあと写真を見返して、当然ながらしおりちゃんのいい写真が撮れてるのが良いのだが、ふとした瞬間の自然な表情とか、撮影会を楽しんでる表情とか、ちょっとふざけた瞬間とか、あの日1日の一瞬一瞬が記録として残っていて、見ていると楽しかった時間を思い出すことができる。

 

カメラじゃなくて自分の目に焼き付けることのほうが美しいと思っていたこともあった。ただ記憶とは儚いものでやはり限界がある。

 

ファインダー越しに見たあの日の景色が鮮明に残ってることがすばらしい。カメラを買ったことを後悔するどころか買ってよかったと思った。それだけの価値を与えてくれたしおりちゃんのおかげであることは間違いない。

 

せっかくなので撮った写真と感想を残しておこうと思う。当日も正式に会話できる時間自体は少なかったので感想を伝えてあげられなかったのが心残りだった。水着とかスタイルとかをコメントされるのは嫌かなと思いつつ、直接伝えるのもなんか恥ずかしい気もするのでここに書いておこうと思う。

 

 

1部は黒の水着におろした巻髪だった。本人は黒が好きだし1着は黒なのは間違いないとは思っていた。

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一発目ということでしおりちゃんらしい選択で良かったと思う。当日スタイリストに巻いてもらったという巻髪もいつもより強めでいつも以上に大人っぽくて黒と合っていた。あとの2着もほんとに良かったが、間違いなくこれが一番良かった。

 

スタイルも完璧すぎて自分がしおりちゃんだったら毎日お風呂上がりに鏡の前で自分の体に惚れ惚れしてると思う。

 

あんまり細かく書くと趣味が出てしまいそうで怖いがウエストから骨盤のラインが綺麗だった。特にウエストが細いし薄い。衣装でもお腹の出るものはあるがトータルしてみると細さが際立っていた。


初めての水着撮影会でこの魅せ方をできるしおりちゃん“分かってるな”という感じだった。

 

 

2部は白のレース調の水着にハーフアップだった。

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1部とは対象的に清楚さと可愛らしさがあった。白は選ばないとは思いながらも正直、白に期待してるところはあった。黒のイメージが強いからこそ白で魅せて欲しいところはあった。

 

白もとても似合っていたし、レース調なのがちょっとセクシーでもあった。期待に応えて白を選択してくれてありがとうという気持ちだ。

 

いくつかツイッターの方でも写真を投稿させてもらったが、白の水着の写真が一番いいねが多かった。

 

 

3部は予想もしていなかった黄色の水着に2部同様のハーフアップだった。

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3部が始まる時、遠目に見て黄色の水着を着た子がまさかしおりちゃんだとは思わなかった。でも実際見てみてすごく似合っていた。本人はリオ感があると言っていたが明るく元気な印象はすごくあった。しおりちゃん自身、もっと肌が白くなりたいとよく言っているが、むしろ健康的な肌の色と黄色がすごく合っていたと思う。

 

しおりちゃんらしい黒、王道の白、ときた中で意外性がありながらもしっかり良さを出してきた黄色だった。個人的に他にも青とかも良かったのかなとも思ったりもした。また今度機会があれば見てみたい。

 

開始当初はハーフアップだったが個人的にポニーテールは見たかったのとポーズに困っていたので手で後ろでたばねるようお願いした。f:id:ezoe1623:20210602233708j:image

あとあと括ってポニーテールにしてくれたが、このポニーテールではない手で括ってる仕草がいい。これよこれ!©となった

 

巻いて動きとボリュームが出てるのもいい。

この時間が1番可愛かったし雰囲気もよかった。

 

この日着ていた3着ともどれも似合っていてほんとに良かった。

 

いろんなアイドルの撮影会の写真など見てなんでそれチョイスした?思うことはよくある。

 

女の子が着たい水着と周りが見たい水着の価値観に差はあると思う。その中でしおりちゃんは自分の良さを出しながらも見てもらって良いなと思ってもらえるようなチョイスだった。

ものによっては自分らしくないとか、恥ずかしいものもあったと思うが少しでも見てもらって良いなって思ってもらえるように考えていた結果だと思う。

 

 

お世辞抜きでしおりちゃんが1番可愛かった

 

 

3部構成で空き時間も短く、時間も押している中、初めての撮影会にも関わらず最後まで笑顔を絶やすことなく頑張っていた姿もまた良かった。

 

終始楽しそうだったし、自然な笑顔もたくさん撮ることができた。おかげで自分もすごく楽しかった。もちろん写真を撮りに行ったわけだが写真を撮る以外のこともかなり充実していた。

 

コミニュケーションも思ったより取れたし、ずっと楽しそうなしおりちゃんを見ることが出来たし、一緒に時間を過ごせたことが何より幸せだった。

 

撮影会にでてフォロワーが増えるなら、新規ファンが増えるならやってみるかと言っていたが

 

自分自身も新たにしおりちゃんの魅力に気付けたし、好きになることができた。

 

どうしても新規目的になりがちだと思うが、普段から応援している自分たちにとっても楽しくて意味のあるイベントであったと言いたい。

 

前回のサマランで出なかったことを後悔していたということからも、やはり出るには勇気がいることだったと思うし、今回も迷いもあったと思う。

 

でも終わってみて、ツイッターのフォロワーも伸びて(もっと伸びても良いと思う)、たくさんの人からの好評をもらいやってみて良かったと思えてるのではないだろうかと思う。

 

そういえば前売りのチェキも完売していた。まだ撮影会後に販売されたものなら水着姿をひと目見て買おうと思う人も多いだろうが、撮影会前での完売はシンプルにしおりちゃんに対する期待値の表れだと思うし、撮影会に参加するにあたっての思いがしっかり伝わっていたからだと思う。

 

他の出演者の完売状況も見たがそう簡単に売り切れが出るわけでもないようだった。完売してる子はよく名前を聞くような子ばかりで、その中でたくさんの人が買ってくれて完売できたことは自信につながるだろう。

 

水着やればフォロワーが増える、ファンが増える、と我々側はどうしても安易に思ってしまいがちだが

 

誰でもそれができるわけでもないし、最初は抵抗や恥ずかしさもあるだろうし、ほんとに勇気のいる決断なんだろうなと思う。だからこそ勇気出して挑戦して頑張ったことが結果として出ていることはすごく良かったと思う。

 

頑張った人には頑張ったなりの評価がされてほしいし報われてほしいのが本音である。

 

同じ事務所内でも出る子、出ない子はいたが、出ないという選択をした子もいると思う。出ないなりの理由もあるだろうし、出ること、出ないことどちらがいいかは一概に言えないが

 

出ないという選択をするひともいる中で出るという選択をした以上、頑張ったなりの結果が付いてきてほしいなと思う。

 

こんなこと言っているが少し前の自分ならライブアイドルならライブで魅せてくれよと言っていたと思うし、もし仮に、このような機会にしおりちゃんが自分はあくまでライブアイドルだからそういうのはやりませんと言ったら、よく言った!と褒め称えていたと思う。

 

正直やってほしくないという気持ちもなくはないが、本人たちもやらないでやっていけるならやらないに越したことはないと思ってるとおもう。ライブアイドルならライブで魅せたいなんて本人たちが1番思ってるだろうし、むしろこういうイベントに参加するところでそう思われるところは1番気にするところだと思う。

 

参加するにあたりしおりちゃんもさつきちゃんも「みんないろいろ思うところはあると思うが」と言ってるあたり、そういう考えの人も一定層いるということだ。

 

なんで水着ってやってほしくないんだろうか。みんな見たいと思うし、みんなすきだと思う。

 

とくに推してるわけではないけど可愛いなと思ってる子がそういう写真とか投稿してると普通にいいね押してしまうところもある。

 

単純に普段自分の推しのことを見ていない層がここぞとばかりに増えてくことに対するジェラシーと言うか独占欲と言うかそういうものなんだろうなと思う。ちょっと自分の推しメンに対して言ってほしくないような軽率なコメントとかも出てくる。なんとなく遠い存在になってしまう寂しさみたいなものも少なからずある。

 

でもそれは、いろんな人に知ってもらいたいというアイドル側の気持ちにはなれてないもだ。

 

自分もそう考えてたけど、結局、水着をやってほしくない、ライブで魅せてほしいという考えはこちら側のエゴであって、そういう考えを持ってしまうことは当然あると思うが、それを言動に移してしまうことはマイナスだなと思った。

 

「仕事としてお金をもらいながらたくさんの人を相手にするアイドル」と「趣味としてお金を払いながら一人の推しを相手にするヲタク」で同じ考え方になれることも難しい話だと思う。

 

めちゃくちゃ難しく考えすぎてるような気がしてきた。いろんな人見てると純粋に

 

「おっぱい!」「えちえち!」

 

でいてくれる方がアイドル側からしてみてれば良いんだろうなと。

 

でも、ライブハウスで出会ってライブしてる姿を最初に好きになったからこそ、ライブしてる推しメンを大切にしたいという、わがままかもしれないがそういう気持ちも分かってほしい。お互いの考えを理解しながらwin-winになれる落としどころを見つけられることが大切だと思う。

 

だから今回自分は、それなら誰よりもイベントを楽しみにして、誰よりも楽しんで、誰よりもいい写真を撮って、誰よりもいいところを見つけて、誰よりも褒めてあげるほうが全然いいなと思った。

 

そうすることでネガティブな感情なんて全く持たなくなったし、受け入れてあげることができた。

 

すぐにそこまでの気持ちを持てるかと言われればそうでもなくて、自分自身むかし1番推してた子を素直に応援できなくなった理由の一つにそういうところがあったからこそ自分の考え方や行動を改め直すことが出来たと思う。他にも理由があったが本人の前では露骨に嫌そうな雰囲気は出していた。今思うと悪かったと思う。

 

でもこういうポジティブに考えられる1番の理由はしおりちゃんを素直に応援してあげたいなという気持ちに自然となれてることに尽きると思う。しおりちゃん自身の素直さやひたむきさのおかげだと思う。

 

誰に対しても同じ考えは持つことは出来ないと思うししおりちゃんだったからこそたくさんのことを受け入れて応援してあげようと思えてる。今回に限った話ではなく普段からね!

 

今このタイミングでしおりちゃんに出会えてよかったと最近よく思う。むかしの自分で出会ってもなんとなくうまく行ってなかった気もするし、今の自分だからこそ1番いいかたちで推してあげていることが出来てるんじゃないかとおもう。

 

今回の撮影会、ほんとに楽しかったし、行ってよかった。また次の機会があれば、今度はレンズの購入を検討して行くだろう。またやるかやらないか本人の気持ち次第だが、またやりたいなと思えてるのなら、今回はとても有意義なものだっただろうと思う。

 

自分の武器であることも認識できたと思うし、うまく活かして成長していってほしい。

 

どんなことにもチャレンジして自信につなげてほしいし、そんなしおりちゃんをこれからも応援していこうと思う。

 

でもライブで輝いてる姿が1番であってほしいとおもうし、ステージに立つしおりちゃんを1番に好きでいたい。


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そういうえば、巨乳の方の東雲さん、ツイッター見に行ったらフォロワー20万人いた。

 

3000人は通過点に過ぎないし目指せ20万人ですね。

 

 

※掲載写真はすべて許可確認済み

監獄のお姫様


熊野まおみが出所した。

 


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昨年6月くらいから月に1度くらい面会に足を運んでいた。当初の予定では2年後の2023年の3月くらいまで、あと2年はしゃばには出てこないはずだったが2年早く出所というかたちとなった。

 

話はかなりさかのぼるが2019年末に名古屋の地下アイドル現場ではおなじみのライブハウス「M.I.D」が建物の解体と共に閉鎖した。熊野まおみが所属していたP-Locoも週末足を運べば見ない日はなかっただろうというくらいMIDの常連アイドルグループだった。動員も常に多かった(らしい。ただ土曜の1部はフロアでフットサルができるくらい人はいなかった)。

 

2020年、年が明けると共にP-Locoのライブ活動が激減した。それまで毎週のように土日昼夜でライブ4本行っていたのが、ひと週末にライブ1本、ライブはではなく撮影会やオフ会的なイベントで埋めらることが多くなった。1月から3月くらいまで毎週そんな感じだった。

 

P-Locoの撮影会は比較的自由で写真を撮るのはもちろん良いが、食べ物を持ち込んで談笑したり、ボードゲームしたり、インターネットには書けないような会話をしたりまあまあ自由だった。

 

自分も当時は割とP-Locoに通っていたので、毎週のように撮影会に行っていた。推しと30分~60分自由に過ごせるイベントが毎週あったのがP-Locoだ。普通に考えて楽しい。ただ連日それが続きすぎて私と熊野まおみはソファに腰を掛けながら各々がスマホをいじりお通夜みたいな時間を過ごしていた。さすがに双方が飽きていた。というかいつまでこれが続くのかみたいな話を常にしていた。

 

そんな中、追い打ちをかけるようにコロナウイルスが蔓延した。

 

推しメンの卒業のブログを書くのが今回で3回目だが毎回コロナの話になる。そのたびに彼女たちに与えた影響というものがどれほど大きかったのかを改めて痛感する。

 

4月以降ライブはなくなった。自粛期間に入って早々にWithLIVEが始まった。最初はビデオ通話コンテンツなど初めてなのでわりかし楽しかったと思う。自分の周りもそうだっただろう。

 

WithLIVEというコンテンツは直前まで予約ができる。つまるところ直前にみれば枠の空き状況が分かるわけだ。気づいたら誰も枠をとっていないみたいなことはそれなりにあった。開始10分前にアプリを開く。誰もとっていない。とりあえずとる。別に誰もいないからとっていたわけでもないが、毎回直前に入れると開口一番

 

「誰もとっていないから憐みの魂胆でとったのがみえみえ」

 

などと言われる。アイドルらしからぬ発言だが、あながち間違ってはないし、そうはいいつつ、そこに対して感謝してくれているのは分かった。まあそういう間柄だ。

 

お互い言いたい放題いつも言っていたが、何分それが気を使わなくてよかった。今になって不快な気持ちにさせてなかったか、傷つけてなかったか、とは思ったりもしなくもないが、お互い言いたいことは言って、本音で話してくれていたともうので、理解してあげることができたと思う。

 

そこから、自粛期間が明け、P-Locoはほかのグループより先行して撮影会やライブなどのイベントが始まった。自分はしばらくは行かないでいた。そうこうしているうちにP-locoのイベントには行かないものという感じになていた。何か雰囲気についていけない部分もあった。

 

ただ、まおみに会いに月に1回程度現場に行くようにはした。これを俗に「面会」と勝手に言っていた。(故に卒業を出所と言っている)

 

 

雰囲気についていけなかったと書いたが、自粛が明けてすぐにTIFの出場をかけた中部ブロック予選があった。それに参加することは自粛に入る前から決まっていた。彼女たちのそこにかける思いも十分に伝わっていたし、予選が始まってからも頑張っていたと思う。

 

ただ、自粛期間中にTIFに対しての熱意をもう少し感じたかったのが本音だ。この先どうなるのか分からない中で、頑張るのも難しい、モチベーションを保つのも難しかったとは思う。ただ、世の中にはそういう状況の中でもできることを毎日頑張っているアイドルはたくさんいた。

 

これと言って何かするわけでもなく、来る日も来る日もあつ森の話がほとんどだった。WithLIVEを週3回くらいするのみだった。正直、とらなくてもよかったが、とらないという選択もできないので、とっていたが、時間になっても通話がつながらず忘れられることもあった。仕方ないけど、もう少し熱意や何かアクションはあってもよかったなと思う。

 

TIFの予選自体は頑張っていたとは思う。まおみに至っては毎日早朝からshowroom配信をしていたし、結果としてTIFに出場することもできた。まおみのshowroomも普通にうまくやっていたと思う。

 

 

 

そういうのできるならもっと自粛期間中からやってもよかったのではないかとは思った。これは本人の意向では決められないことであるし、運営の方針もある。

 

最後に説教おぢさんになっている気もするが、自分のなかで熊野まおみに対する期待値というかもっといろいろできるのにもったいないなっていうのが常にあった。

 

 

初めてまおみに出会ったのが彼女が初めてステージに立った日でもあった。「右も左も分からない」ってまさにこういうことだという状態でパフォーマンスどころの話ではなかった。物販に行ってみようと思うきっかけは大抵はパフォーマンスに惹かれるかどうかだが、まおみに関しては普通に可愛かったし、ちょっと話してみたいというのがあった。

 

話してみて、普通に良い子だったし、すべてにおいてド素人だったのも可愛く見えた。ただ、今どきの女の子という感じでアイドルを続けらなさそうとは正直思った。ただ将来どうなるかはとても興味があった。なので、推してみることにした。

 

デビュー直後の「自分なんかにお金を払って話してきてくれる人がいるのが不思議」というまおみの言葉が忘れれられない。それが、月日の経過と共に私の顔を見れば「うわ、シャカマ」といい、物販列に人がいなければ、こちらをみて挙手しながら「暇です」と言ってくるまでに成長した(?)

 

将来ビッグになるだろうと思ってはいたが口と態度だけがビッグになってしまった。冗談が過ぎたが、まおみのそういうところが自分は好きだった。下手にネコ被ってアイドルアイドルされていても面白くはなかったと思う。そういうお調子者的なキャラと、ちゃんと笑いに変えられるという点でまわりからずいぶん愛されるキャラクターだったともう。

 

アイドルに向いていたとはほんと思わない。数カ月で辞めるだろうくらいに思っていた。でも、P-Locoはメンバーが居たり居なかったりが割とおおくてあまり好印象はもっていなかったが、まおみに関してはまずそれがなかったし、研修生も入ってはすぐ辞めていく子も多いなか、ちゃんとライブに出演し、できる曲数も着実に増やし、最短で正規メンバーにまで昇格していた。なんでも無難にこなすし、宿題チェキ以外はやることはちゃんとやっていたと思う。

 

一度、高熱が続きライブに出らない時期があった。正直そんなに休むこともないし、長引いていたのでもしかしてこれ辞めるパターンではないかと思った時があった。ほんとに体調が悪かったらしく、復帰後ひと月ぶりくらいに会ったときに「自分が休んでる中でも自分を待ってくれている人がいる」とアイドルであることを実感したと話していた。

 

ほかにも、自分が中国にひと月出張に行ったとき、会えなかった以上にそのタイミングで開催されたアットジャムに一緒に行けなかったことあった。帰国後、会いに行ったときに「そういう意味ではないが、ちょっとだけ、ちょっとだけ会いたかった」みたいなこと言われたときに、そういうこともちゃんと思ってくれてるんだなと思った。

 

気づいたら素直に気持ちを伝えるのが恥ずかしいというかお互い性に合わなくなって一生シャカマだといわれながら斜に構えていたが、自分たちなりに思っていることの共有はちゃんとできていたと思う。正直にいろいろ話してくれたのもうれしかった。

 

 

今年の初めくらいから、ライブに出演していなくて、コロナの関係で出演控えてる子もいるなかでまおみもそうなのかなとは思っていが、それが理由ではないような気もしてた。なんとなく卒業するといわれても驚かない状況でもあった。3月に正式に卒業が発表され、私としては今後の彼女のためにもプラスの選択ではないかと思ったのが本音だ。

 

それは辞めないで続けるに越したことないが、月に1度面会に来る程度の自分が「辞めないで」というのもお門違いだ。ならまずお前が来いよとう話でもあるし、無責任なことも言えない。この先、まおみ自身が何をしたいのか、何をしていくつもりなのかは知らないが、残り2年の大学生活を満喫し、それなりに良い企業に就職し、いい人生を歩んでいくのではないかと思っている。あんなだけど、ひとりの人間としてまともな価値観とか考え方とか行動のできる子だった。そういうところが一番好きだったんだと思う。だから彼女らしくいてほしい。

 

自分には大学卒業するまではP-Locoにいると言ってくれていたが、2年早くやめるかたちとなった。外国語系の学部にいて、こういうご時世で留学とか、そもそもの学生生活とか、本人が思い描いていた学生生活とはかけ離れてしまったのはかわいそうだが、この後の2年の学生生活をこの2年以上に有意義なものにしてほしい。

 

ひとつ、アイドルはヲタクが甘やかしてくれるし、まおみ自身のまわりにいる人たちもまおみのことを可愛いね、面白いね、おしゃれだね、勉強できるねと認めてくれると思う。私もそう思う。ただ、私はそれ以上にポテンシャルや可能性はまだまだ持っていると思うので、周りに、自分に甘えることなく貪欲に上を目指してほしい。

 

シャカマなので最後の最後まで卒業という感じの会話はしなかったし、また普通に次も会う感じで最後を終えたが、まおみとはバカなことやって、くだらない話をして、一番笑いあえたとおもう。ライブ中はこれと言って目も合うことはなかったが、たまにライブ中に遊んだりしたのは楽しかった。一般的なアイドルとヲタクにあるような幸せはなかったがまおみだからこそ感じられた楽しさや幸せはたくさんあった。

 

ここまで書いて、ちゃんと感謝の気持ちが伝わってるかは分からないし、まおみに対してはこういうの照れくさいところがあるけどほんとにありがとう。出会えてよかったです

 


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2019.9.29に撮ったこの子は熊野まおみではないだれかです。このときJKだったのうけるな

 



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この1枚、みんな笑顔でカメラ目線くれててほんとに良い写真。P-Locoメンバーもみんな仲良くしてくれて嬉しかったです。ありがとう。

 



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今、何十枚と写メ券手元に余らしてるのにツー写メはほとんどなかった。このM.I.Dでの最後の日の写真は個人的に1番良い写真。

 

ここまで書いて、気に触りそうなこともいろいろ書いてしまったし、最後ちゃんと感謝の気持ちが伝わってるかは分からないが、まおみに対してはこういうの照れくさいところがあるけど

 

出会えてよかったです。

 

ありがとう。

 

 

またいつか!があるのかどうか分からんけど、コンカフェの女にだけはなるなよ。

いつの日か終わること解っていた

推していたアイドルの最後を見届けるのは何回目だろうか。

 

学校のように予め卒業するタイミングが決まっていないことが殆どで、大抵は突然卒業するタイミングを告げられる。


2021年の1月に太齋陽菜の卒業が発表された。

発表自体は突然ではあったが、4月から高校3年生になり受験というものを控える中で、これまでのグループの卒業生の前例からしても今年卒業するものだと思っていた。


個人的には誕生月の7月くらいまでは活動するのかなという期待は持っていたが、すこし思っていたよりは早かったかなという印象だ。


同時に中尾優希ちゃん、虹菜砂和ちゃんの卒業も発表された。4月という区切りのタイミングでそれぞれの決断をした結果だろう。


HIMAWARIの歌詞に

「いつの日か終わること解っていた」

というフレーズがある。どんなアイドルにも卒業があるのは分かっている。ただそれがいつになるかは分からない。

 

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ただ、自分が太齋陽菜というアイドルを推す中で
高3の受験シーズンを迎える頃には卒業するだろうというのは最初からあった。

 

そこで続けてくれればそれはそれで嬉しいことだとは思っていたが、ある程度終わりを迎えるタイミングが分かっていたからこそ自分なりスケジュールや福岡へ足を運ぶ頻度を調整できていたところはある。

 

割と後先考えずに行けるライブは行くみたいな性格なので、最初は良いが後々しんどくなることがある。そもそも福岡に毎週行けるほどの時間、お金、労力はないのは分かっていたが、ひと月やふた月に1回くらいのペースなら行けるかなと言うのはあった。

 

誕生祭やワンマンライブなどイベントを意識しながら自分としは悔いなくライブに行くことができていたのかなと思う。卒業が発表されたとき、卒業したときに「もっと行っておけばよかった」とは思いたくない。そんな中で少ないながらも自分で納得できるくらいにはライブに行けてよかったと思っている。


でも正直言うと、最後の半年はライブに行くペースは落ちてしまったことは否めない。以前通っていた東京のアイドルグループに行くことが多くなり、そのなかで福岡という選択するのが難しくなっていたのもある。行きたい気持ちはある、けれど物理的な距離を理由に足が遠のいてしまっていた。


本人は一切何も言わなかったが残り少ない中でライブに行ったりオンライン特典会に参加すると毎回喜んでくれた。それが嬉しかった。


陽菜に出会ってから3年が経つ。意外と長い付き合いの子だ。途中、高校受験があったりコロナがあったり、そもそもそんな数多くは会えない環境であったり、他の人に比べれれば濃くはなかったかもしれない。ただ、ずっと“楽しい”という気持ちをもって現場に通えたのは事実だ。


正直、現場に通い続けてると嫌なことやつまらない事、楽しくないことはたくさんある。ただ、パピマシェというグループ、太齋陽菜という推しメンに関しては常にプラスだった。いつも楽しかったし、いつも逢えてよかったと思ったし、また次も福岡へ来たい、そんな気持ちでずっといられた。

 

パピマシェというグループのライブの良さ、現場の雰囲気、陽菜の人柄、すべてがそうさせてくれたと思う。

 

以前に誕生祭の後に書いたものと重複しそうだが、色々振り返りたい。

 

高校受験のタイミングということでの卒業であるが、まだ高校3年生だったことに驚きだ。そもそも出会ったころが中学3年生になる前だった。初めて陽菜を見たときにめったかわいい子がいるなと思ってtwitter見に行くとまだ14歳だと知って驚いた。普通に高校生くらいみえててもおかしくないくらい大人びていた

 

…と思って出会った頃の陽菜を見てみたが、全然幼かった…幼女だった…

 

でも、将来絶対綺麗になるだろうなという雰囲気は存分にあった。それこそ3年後、17、18歳になった姿は見てみたいなというのは思った。

 

たまたまツアーで東京に来ていて、福岡のグループということで、もう2度と会うこともないとは思ったが記念に(何の記念)くらいの気持ちで話に行った。

 

 


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それから数か月後、関ヶ原で再会する機会があった。今思えば、関ケ原の徳川ステージのパピマシェというビックイベントだ。当時はまだ歌割もなく(なかったとおもう)、マイクも持たずに踊っていたのではないかと思う。というか、自分自身楽曲を全然把握していなかったのでライブのことはそんなに覚えていない。だた、カメリアTを買って意気揚々と着ていたのは覚えている。

 

関ヶ原の後の陽菜ブログにカメリア来てくれている人がいて嬉しかった旨のことが書いてあった。おそらくカメリア来ていたの自分だけだったので(たぶん)、自分のことだと思って(たぶん)とても嬉しかった。

 

そこから2週間後、今度はTIFで会った。この時はたまたま居合わせたというよりはパピマシェも見に行く目的に入っていた。

 

関ヶ原、TIFとよくよく思えば最初で最後の夏フェスだった。当時は曲もわからないし、メンバーもたくさんいたしで、欲言えば今のパピマシェと最後にもう1回夏フェスは経験したかったと思う。昨年はほぼ夏フェスは中止、こればかりは仕方ないことだ。

 

パピマシェがなくなるわけではないので、夏フェスの最高のロコモーションは桜こはるに託そうと思う。

 


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ここまで、ライブが楽しいというよりは、なんとなく陽菜に会いにイベントに行っていた感はあった。そんな中で、高校受験を前に一時活動休止するということで、休止前最後のライブを観に行った。これが最初の福岡遠征だ。偶然にも錦戸彩夏ちゃんの卒業ライブで曲をたくさん聞けた。その時にパピマシェの曲いいなと思うようになった。活動休止にはなったが、帰ってすぐにCDを買った。聴きこんでくうちにライブで聴きたいという気持ちが大きくなっていった。

 

そこから10か月後、陽菜はすでに活動を再開しており、誕生祭のタイミングで再び会いに行った。そのときはすでに卒業したメンバーや受験のためお休みしているメンバーが多く、陽菜の歌割や立ち位置がだいぶ見れるようになり、この時に初めてライブでのパフォーマンスにも魅力を感じるようになった。

 

 

この後から月に1回くらいのペースでライブに行くようになった。

8月のスカラエスパシオのパピライブ、もともとは自分が当時通っていた東京のグループの福岡遠征と兼ねていったが、如何せんこのときのライブが楽しかった。パピマシェのライブが1番楽しいと思うようになった。

 

翌日から、中国へ1ヵ月出張に行ったが、帰国後真っ先に福岡へライブを観に行った。特に何も言わずに行ったが、放生会の境内でハコダンスを踊りながら満面の笑みで手を振ってくれたのを覚えてる。

 

 

 

年が明けて(今2020年の話をしている)、コロナでパピツアーでは会えず、ライブに行く機会も減った。誕生祭もまだライブに参加できる雰囲気でもない中で行った。しっかりパピマシェに通うようになってからの誕生祭だったので、すごく気持ちが入っていたし、前年以上に楽しかったし、いい誕生祭だったと思えた。

 


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この年の夏は初めてパピマシェのワンマンライブにも行った。スカラエスパシオという大きな会場でパピマシェを思うぞ運分満喫できるいいライブだった。パピマシェというグループのパフォーマンスレベルの高さを感じたし、これを作り上げるだけの努力や、グループの結束力みたいなものも感じられた。

 

間違いなく「パピマシェと最高の夏」であった。

 


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その後、綾音ちゃんの卒業があった。自分としても卒業ライブの予約をし損ねるという失態をしてしまい、前日の広島のライブでのお別れとなった。綾音ちゃんとは同学年だったこともあってすごく親近感があって、ロジェのライブの楽しさを教えてくれたのも綾音ちゃんだったなと思う。5人から4人になったときに、とてもステージが寂しく見えた。

 

それでも4人でステージに立ち続ける姿はかっこよかったし、可愛らしさもあった。3人がまだ高校生とは思えないほどのライブをしていたと思う。彼女たちのライブを観ていると日ごろ努力が見えた。これはお世辞抜きにほかのどこのグループよりも感じられた。でも当の方人たちはそれが当たり前のようにできていた。

 

フリコピが好きだが、パピマシェはほんとに難しかった。現場数が少ない、1回行ってから次に行く1ヵ月後くらいにはまたついていけなくなる。その繰り返しだった。

 

正規メンバーになるためには全曲を覚えるのがマストで加入時期にもよるが30曲くらいはあると思う。桜こはるに関しては研究生時代も知っているが、やっぱり成長がすごかった。スパンを開けてみるから分からないが来るたびに成長しているのが見えた。そんな環境を乗り越えてきたからこそ、自分たちの楽曲やライブに対する誇りというものが感じられたしグループやメンバー、事務所スタッフらへ敬意も感じられた。

 

パピマシェのtwelveのそういうところが好きだった。

 

 

陽菜とは卒業を迎える週末が訪れるまではほとんど卒業の話はしなかったし、そんな感じもしなかった。当日の前物販もそんな感じはしなかったし、ほんとに最後に1回で「これで最後なんだ」と実感した。

 

 

パピマシェとしての最後のライブ、1曲目のロコモーションでやられてしまった。パピマシェで1番好きな曲だ。この曲は陽菜メインではないので陽菜を推していて好きになる曲でもない気がするが1番最初に気になった曲がこれだったという点で思い入れが強い。あんまり推しの立ち位置で見る場所を選びたくないが、最後はロコモーションの立ち位置が多い上手を選んだ。1番いい形で最後を見ることができたと思う。

 

もう一つ、自分がパピの中でも好きな曲であるno no darlinを陽菜メインのブロックでやってくれたことがうれしかった。あまりこれも陽菜のイメージはあまりないが、最後一番いい形で一番いいパフォーマンスが観れたと思う。

 

 全部で20曲、最高のパピマシェのライブだったと思う。こういうご時世でライブに入れなかった人、最後のステージを横から見ることになってしまった人もいて、コールもできず、立つこともできず、もっと最高の形で送り出してあげたかったとは思うが、それでも温かみのある幸せな空間だった。

 

パピマシェというグループに出会えてほんとによかった。

 

パピマシェというグループにわずかながら通えてよかった。

 


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一番最後に自慢の推しメンであったということは心から伝えた。

 

アイドル現場に通い、アイドルを推す中で、絶対につまらないことやしょうもないとおってしまうことがある。今日のライブはつまらなかった、わざわざライブに行かなくてもよかったなんて思うことも正直ある。不満やネガティブな感情を持つこともある。

 

ただ、太齋陽菜関してはそれが一切なかった。1回もなかった。いつも楽しくて福岡に来てよかったと思えた。それだけはほんとに陽菜のおかげだと思う。陽菜の素直でまっすぐな性格と、ないによりいつも目を見てしっかりと「ありがとう」と心から言ってくれる。別に感謝してほしくてヲタクしているわけではないがその「ありがとう」の一言に毎回うれしい気持ちにさせられた。

 

これから大学受験となると大変だと思う。自分はまともに大学受験はしてこなかったので偉そうなことは言えないし、むしろ逃げた部分があったのでこれから立ち向かっていく姿に心から応援してあげたいと思う。

 

大学受験だけではなく、大学生活やまだまだこれから先いろいろなことが控えていると思うが、陽菜らしく真面目にひたむきに明るく人生を歩んでほしい。高校3年の春にしてアイドルとしてパピマシェとして活動してきたアドバンテージというのはほんとに大きいと思う。ぜひこの経験を今後の人生のプラスにしてほしい。

 

 

陽菜に出会えて本当によかった。自信をもって推しメンと言える自慢のアイドルだった。

 

「ありがとう」


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ほんとに1番最後の物販でファッション誌の掲載をかけたshowroomイベントでタワー10本建てたことに改めて感謝された。「最後それ?」とは内心思ったが、この先、大人の事情で不条理なこともたくさんあると思うけど頑張ってください!!!

 

 

またね🍎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がキネマに行く理由

ワンダーウィード天に新メンバーが加わることが発表された。

 

事前に本日(1/30)のキネマ倶楽部のライブにて重大発表をするとの告知があったが、その内容が新メンバー加入であった。重大発表をするにあたりメンバーからもこの日のライブ、翌日の新木場、2/3のライブにも全部来てほしいとのツイート等もたくさんあった。

 

 

正直、こういうご時世でもあるし、こういうご時世にもかかわらず東京に行きすぎているのでいったん行くのを抑えようと思って、少なくとも今週は東京には行かないつもりだった。推しである東雲しおりも普段は無理にとは言わないが、今回に関してはかなり来てほしいという気持ちが前面に出ていた。自分もそこまで言われて行かないという選択はできないので今回は…(正確にいうと今回”も”)という思いでライブに行った。

 

 

ただ一つ、重大発表を聞くにあたり、名古屋から東京にわざわざ言ってまで聞かないといけない重大発表とは何か考えた。それこそ新メンバー加入も可能性の中の一つにあったし、新曲・未発表既存曲発表、CDリリース、ツアー発表などなど、、、

 

自分が考えられる中でどう考えてもわざわざ東京行ってまで聞かないといけないようなことが何一つ思い浮かばなかった。上記に挙げたことに関しても、最悪その場に居合わせなかったとしても、後から情報を聞けばそれでいいと思っていた。少し薄情のように聞こえるかもしれないが、あくまで"名古屋から東京に"行ってまで聞かないといけないかということだ。いや、前提として1月だけで東京に10日滞在している。それでもまだいくのかという話だ。

 

結局、発表されたの新メンバー加入でこれをわざわざ来てまで聞く必要あったのか?とまでは思わなかったが、仮に今日行かない選択をしてこの場に居合わせなかったとしても行けばよかったとはならなかったと思う。ただメンバーがこれほど強く来てほしいと言っていた理由に関しては新メンバーが加入されることの発表を聞いてほしいのではなく、いまの5人でのライブを最後に見てほしいという意味合いが強い。

 

その気持ちに関しては十分に分かる。ただ、誰かが居なくなるわけでもないし、突然メンバーが1人増えることなんて昨今のアイドルの世界では日常茶飯事だ。当然今の5人でのライブを最後見てほしい気持ちも分かるし、こちら側としても見届けたいと思うのが普通である。もちろん自分もそう思う。

 

ただ今回ばかりはメンバー側のこの5人を最後見てほしいという気持ちがとてもつよく感じられる。もう一度言うが誰かが居なくなるわけではないのにだ。

 

そう考えたときに、5人体制から新メンバーが加わることでフォーメーション、立ち位置、歌割りなど新しくなる。ヲタク側としては推しの好きなパートやいつも見ている位置での楽しみポイントなどなくなってしまうところの寂しさなんかはある。当然5人でのそれを最後に見てほしいというのはあるだろうが、メンバーとしては5人でのライブパフォーマンスを見てほしいという気持ちはもちろんあると思うが、私は5人でここまで作り上げてきたワンダーウィード天というグループそのものとそこに至るまでのプロセスを見て欲しかったのだと思うようにした。

 

我々からしたら1人加わって今までの5人でのパフォーマンスが見れなくなるに過ぎない(けっして軽い意味で言ってるわけではない)が、メンバーからすればフォーメーションが変わる、立ち位置が変わる(フォーメーションと立ち位置は同じか笑)、歌割が変わるだけで1度作り上げたものまた1から作り上げることになる。それもいったん準備期間を置いて、とかではなく現体制でやりながら並行して同じ曲の別パターンを覚える必要がある。それも現状15曲くらい。どれほど大変なのか自分には分からないが、最近のメンバーのレッスン状況からするとかなり大変そうだ。

 

前体制のワンダーウィードでもメンバーの入れ替わりはかなりあった。佐倉ちひろや白川ゆめかからしたらなれたものでもあるかもしれない。大変だと思うが経験してきている事実はある。今自分が改めて言う必要があるほどのことではない。

 

前体制からメンバーが入れ代わり立ち代わりでいまの5人に至っていたら今回のように強い気持ちが前面に出ていただろうか。

 

長い自粛期間を経て、ワンダーウィード"天"として一から作りあげてきたグループだからこそ出てきている感情なんだと思う。この5人でスタートして、曲を増やして、ツアーやって、成長してきたからこそ、この5人でのライブを最後に見てほしいのだと思う。初期メンバーとして同期として?足並みをそろえてスタートしたからこそメンバー同士の今のグループ・パフォーマンスに対する思い入れも強いだろう。少なくとも自分はステージのパフォーマンス以上に”5人でここまで作り上げてきたワンダーウィード天そのもの"を最後みたいと思った。

 

自己満かもしれないが"見たい"というよりはここまで作り上げてきたものをいったん仕切り直してまた一から新たに作り上げてようとするメンバーの姿勢に応えたいと思った。それが残されたライブに行くことだと思った。

 

そういった意味では今回現場に足を運んでよかったと思えた。というか、今日1日考えながら自分なりに納得のいく結論が出てよかった。

 

残念ながら、2/3の5人ラストのライブには行けない(行かない)。後々あれが自分が見る5人体制最後のライブだったのかとなるよりは、これが5人体制最後なんだと思って見れるだけよかったと思う。

 

「来てほしいと言われたから来ました」みたいなことはしたくない。できるなら常に行く前提ではいたいが現実的に難しいのも事実だ。ライブを選びたくはないが自分もスケジュールを見ながら東京に行く週末のスケジュールを調整している。今回も強い意志の「来て」がなければ正直行ってはなかった。でも来てほしいときははっきりと「来て」と言ってほしいし、言ってくれれば行きたいなと思う。なので来てほしいとき、ほんとに来てほしいは伝わるように来てほしいといってほしいと思う。喜んでほしくて行ってるわけではないが、今日、名古屋から来てもらえてよかったなって思ってくれていたら自分は嬉しい。

 

 

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ツアーファイナルにして隣にいたゆめかに「しおりちゃん推しだったんだ、初知り~」と言われたときの全チェキ

 

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なんだかんだで2回目にライブ行った時には全員ととってるしこの5人は好きだなと思ってたんだと思う。推しメンと出会った頃のハート作ってるチェキほど恥ずかしいものはない。

 

5人が好きだからこそ、新メンバーが増えたときにもっと好きでいられるといいなと思う。

 

 

おわり

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感情と熱力学第二法則

・・・とは(とは)

 

 

時折

 

 

『感情はどこから湧いてきて、どこへ消えていくのだろうか』

 

 

と思うことがある。

 

例えば誰かを好きになる。その「好きだ」という感情は自分の中の気持ちとして存在するがその実体は分からない。どのタイミングで、どの瞬間からそうなったのかが分からない。

 

あるいは、この人が好かない、この状況が受け入れられない、といった感情も同じである。

 

人を好きになる。アイドルでもいい。好きになったからとはいえどうしようもできないことがたくさんある。そんな時に好きでないほうが気が楽だと思う。じゃあ自分の中から「好きだ」という感情を取り除けるだろうか。どんなに自分を諭して割り切ったとしてもそれができない。

 

誰かともめる。けんかをする。嫌がらせを受ける。迷惑をかけられる。そういった時に「負の感情」を抱く。和解する、仲直りする、是正を約束する、あるいは関係を絶つなどの手段で形式上は整理することができる。だからと言って、その時に抱いた感情というもの一緒に消えていくものだろうか。

 

 

それらに対して私が思うことは、

 

 

1度そのような感情になったときに自分自身でその感情をコントロールすることができずに残り続けるものだ

 

 

ということである。

 

 

とは言ってみたが、しっくりこないところがある。

 

そう思った時にふと

 

 

『不可逆性』

 

 

という言葉が浮かんだ。日常生活ではまず使用しないであろう単語だ。私が人生でこの言葉使用したのは大学時代の熱力学の講義のみである。

 

熱力学第ニ法則だ。

 

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熱は高温から低温へは移動するが

低温から高温へは移動しない

 

このように、ある状態からある状態へ遷移したときに、遷移した状態からもとの状態には戻らない「不可逆現象」を熱力学第ニ法則という(らしい)

 

だいぶ意訳した説明であり、この言われてる事自体はまあ直感的に分かる。ただ、これ以上学問的な話になりエトロピーだのなんだのの話になったらもう意味が分からない。未だに分からない。

 

熱力学第ニ法則自体はどうでも良くて、この不可逆性というもので感情というものの整理したくなった。

 

熱力学第二法則というものに興味を持った変人は以下にYouTubeのリンクを貼っておく。『予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」』の通称"ヨビノリ"さんのチャンネル、すごくわかりやすくて大学時代に出会いたかった(切実)


【大学物理】熱力学入門④(エントロピー)

 

 

「熱」から離れるために不可逆性の現象を

 

コップの「水」の中に「インク」を入れた時、水の色は入れたインクの色に染まっていくが自然には「水」と「インク」を再度切り分けてもとの状態には戻せない

 

と例えることにする。

 

「水=今の感情」「インク=新たな感情」だ。

 

今時分が持っている感情の中に新たな感情が入り込んでくると、今の感情と新たな感情が混ざりあった状態となり、それが新たな今の感情となる。

 

新しく入ってくる感情(=インク)が必ずしも入ってきてほしいものとは限らないし、後々取り出したい感情ということもある。それらを取り除こうとしてもそれはもう出来ないものだと自分は思う。あくまで自分はそうだ。

 

もしかしたら分離して取り除ける人もいれば、水を入れ替えられる人もいるかも知れない。

 

ただこの熱力学第ニ法則における不可逆性というのは“自然には”元の状態には戻らないということが前提である。

 

故に感情というものも自然にはもとに戻らないものであると思う。

 

簡単に分離てきればおそらく人は感情に左右されたり感情を引きずったりはしないだろう。水を入れ替えるとなると、その感情とは無縁の環境に身を置いてすべてを一新するレベルのことをしなければならないと思う。

 

 

じゃあどうしたらよいのか、、、

 

と、考えたときに

 

「別のインクを新たに入れて別の色にする」

 

「いろんなインクが入ってきたとしても染まらないくらいのコップの大きさにする」

 

にすることなんだと思った。

 

 

通常は

 

「別のインクを新たに入れて別の色にする」

 

になると思う。「別の色にする」というよりは「別の色まで待つ」というほうがいいかもしれない。時と共に「不可逆性」に「不可逆性」を重ねていき、元の状態ではないが、別の状態に変わるのを待つしかないと思った。

 

 

「いろんなインクが入ってきたとしても染まらないくらいのコップの大きさにする」

 

これは、心のキャパシティを増やして、水をたくさん入れられれば多少別の色がはいいてきたところで気にならないほどのことになるといことだ。言葉の通り器の大きい人間になれということだ。

心のキャパシティと書いたが「寛大さ」という言葉がいいだろう。

 

 

余談になるがワンダーウィードの楽曲に「小さな花」というものがある。

 

『人は寛大な(おおきな)愛の中に生まれ なぜ憎しみ会うの?』

 

というフレーズがある。基本聴く側であり歌詞カードがあるわけでもないので「おおきな」というフレーズが「寛大な」と表記されることは分からない。自分もふと小さな花の歌詞が知りたくなった時に調べたらそう書いてあった。

 

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実はそれを知ってから歌詞のとらえ方が変わったし、いい曲だなとより一層思うようになった。これを書きながら早くワンダーウィード天の小さな花が待ち遠しくなってきた。

 

 

話が脱線し最後どう終わったらいいか分からなくなったが、

 

「感情というものは”不可逆性”である」

 

ということで腑に落ちた。

 

「”寛大に”生きる」

ことの必要性を感じた。